まにまに~数寄屋橋から有楽町~ [ちょっと文筆]
以下、駄文
昨年末、渋谷に足を運んだ。一年以上来る機会も無かったので色々と風景が変っていて驚いた。
東口にあった五島プラネタリウムがもう無いのを知ってはいたが、工事中でシートに囲まれあの建物自体が無いのを目の当たりにしたらちょっとしたショックを感じた。
TVでよく目にするスクランブル交差点も、夜だったこともあったがプラズマビジョン(?何て言うんでしょう、あのビル壁面の大画面)が3つくらい並んでいて、宙に浮いているよう…その姿は「ブレードランナー」の広告船(強力ワカモトが映っていた)のような錯覚を受けた。
さて、そのような望郷の念を禁じえない(高校生の頃は毎日のように居たからなぁ)が、時代の趨勢に逆らえず次々と変化し続ける「思い出の場所」がもう一つある。
それは銀座…と言うより有楽町である。ここで一枚の写真を掲載する

「消えゆく日劇、最後のショー 中央区銀座 1981」久保靖夫氏
日本劇場…今の有楽町マリオンが建っている場所である。
「なぜこの建物なのか?」と問われるとハッキリ回答出来ないのだが、幼い頃の私にとって衝撃的な建物は、四丁目和光の時計台よりもこっちだったのである(日比谷通り沿いにも素晴らしい建物が残っているが、当時は見ていなかった)。
もう26年も前の話になるのか…と四半世紀の過ぎる速さにビックリしつつ、語りたい事は数多あれども、スペースの都合上もう一つの方に移動。
「数寄屋橋」 ちょっと四丁目に近づいてきましたが、話題にしたいのは「建物のてっぺんに何かつけよう…と思って立てておいた虫ピンがそのままデザインされてしまった交番」では無く、今は亡き「赤尾敏」氏である。
90年に没されたという事から、こちらも既に17年と言う年月が経っている。
今となっては「ジャンボ宝くじ」発売の時くらいしか話題にならない場所だが、彼はそこで(ほぼ)毎日街頭演説をしていた(らしい)。
'60~'70と言う左翼運動の盛んな時代も、右翼活動(街頭演説)を続けた気骨ある人である。思想はさて置いても、「何かの折に出てくる」のではなく「常に」街宣車の上で演説をするとは『凄まじい気迫』である。
「経済的支援(または団体)を持たない思想団体」と言うのは昨今見受けられないと思う。彼がどうだったか実のところは知らないが、建前上「清貧」であったと語り継がれている(故人を美化するのは当然の慣わしなので、敢えて「建前上」と表現する)。
その『凄まじい気迫』とは『生き方の密度』の違いによる物ではないか?と思うのである。
「職業思想家」では無く「純然たる思想家」、効率から言えば「金」と言う力を使って人を動かす方が簡単だろうと思う。が、やらなかった(出来なかったとは思えないので…。また「金で縛れば、自分も縛られる」と言う諒解を知っていて行わなかったという側面もあるだろう)、あくまで自分の身体のみでその思想を体現し続けたところに、思想云々より「生き方への憧れ」を感じてしまう。
そんな気骨ある人物の登場は今後望めまい、ただただそれだけが残念である。
結局話が逸れてしまうのね、私の書く文章は…
オマケ:
リアルに建築途中を(暇を持て余して)見ていたのは「レインボーブリッジ」位かな?夜な夜な真下から「グルグル」が出来て行くのを見ていた。今「六本木ヒルズ」が建っている場所は、昔何があったかな?もう覚えていない。路面電車に用事があって行った「早稲田」から乗ってみた。乗った筈が無いのに懐かしさを感じるのは何故だろう?
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非常に美しいこのカラー画像は、昭和24年の東京でおそらく米軍関係者によって撮影された日本劇場(通称:日劇)です。 位置的には現在の数寄屋橋対岸から有楽町マリオン方面に向けて撮影したものでしょうか・・・







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